ベンツW124 エンジンOH (6/10) ラッシュアジャスター
今回は、ラッシュアジャスターの洗浄・組立てです。
ラッシュアジャスターは、バルブの軸とカムとの間にあって、エンジン運転中のカムからの押し込み力をガタツキなくバルブに伝える部材です。
内部にオイルが入っていて、バルブとカムに接するように自身の寸法を自動調節する優れものです。
ラッシュアジャスターが両者にしっかり接触していれば、打音が発生せず、カムによるバルブ駆動を確実に行うことができます。
ウチの車に付いているラッシュアジャスターですが、ちょうど米国の特許がありました。
珍しく特許事務所らしい展開になってますね。
出願人は Eaton Corporation、 1986年の登録です。
中身を話し出すと長くなるので省略しますが、この構造にすることで、ラッシュアジャスタの高さを低くし、プランジャのサイズを小さくし、エアーが抜け易いなどといろいろ優れた点があるとのことです。
さて、このようなラッシュアジャスターですが、ネット上では、分解清掃する際には取扱注意となっています。
中にエアーを噛み込んだまま装着してしまうとエンジン不調になる等です。
でも、実際はそんなことはありません。
その辺りの説明も含めて今回の作業に入りますよ。
まず、ラッシュアジャスターを分解します。
筒状の本体の中央に差し込まれていて上下に出入りするピストンとプランジャを外します。
プランジャの外周面には、プランジャが本体から簡単に抜け出ないようにC状のストップリングが嵌めてあります。
プランジャを抜くにはストップリングを縮径させるのですが、これが結構固いのです。
プランジャの外面は本体の孔に対してピッタリサイズでスライドしますので外面に傷を付けると動かなくなります。
そこでネットでは、このように木に打ち付けてプランジャの慣性で抜けと書かれていたりします。
で、やってみました。
何とか一つは抜けたのですが、木に打ち付けること約20回。
結構派手な音もします。
しかも、打ち付けるときに少し要領が悪いと、板からの反力がモロに指に掛かり、骨が折れそうなぐらいに痛みます。
これをあと15個もやれというのは無理です。
早々にギブアップしまして、このようにバイスグリップで掴みました。
もともとプランジャの端っこが本体の孔から少し出ているだけなので、一度は普通のペンチでそっと挟もうとしたのですが、抜こうとするときに刃先が滑ってしまいます。
そこでバイスグリップで挟むことにしました。
プランジャの材質は思いのほか硬く、バイスグリップで強く挟んでも変形せず全く傷がつきません。
これで大幅に分解作業が進みました。
抜き取ったプランジャと、その中に挿入されているピストンです。
右の太いのがプランジャで、その中に差し込まれている左側のがピストンです。
ピストンが孔の奥側に位置します。
ピストンを抜きました。
ピストンバネが出てきました。
このピストンバネにより、ピストンは常にプランジャから飛び出る方向に付勢されます。
ピストンの先に付いているチェックボールを取り出しました。
先端のリテーナを外すと、チェックボールと、このチェックボールをピストンの弁座に押し付けるボールバネが出て来ました。
ピストンの底面に形成されたチェックボールの弁座です。
青く見える部分にチェックボールが密接します。
見た感じでは、弁座にダメージはありません。
もし、ここの面が荒れているとオイル室にオイルを密閉することができなくなり、ラッシュアジャスターが直ぐに縮んで役目を果たさなくなります。
このようにして16個のラッシュを全て分解清掃しました。
次に、機能テストをやってみました。
具体的には、オイル室にしっかりオイルが溜まるかというテストです。
オイル室を作るプランジャとピストンはスライドします。
つまり、両者間には隙間がありますので、カムとバルブで挟まれながら激しく往復移動する際には幾分のオイルが漏れ出します。
この漏れ量は僅かですので、漏れた分はチェックボールから直ぐに充填され、運転中のピストンの位置は殆ど変わりません。
しかし、オイルを長期間交換せずに使用すると、汚れたオイルが研磨剤の様になり、ピストンとプランジャの表面を削ってしまうかもしれません。
そうすると、チェックボールからのオイル充填よりも漏れ量が大きくなり、オイル室にはエアーが混入することになります。
その結果、ラッシュの打撃音が大きくなり、バルブの開閉量が狂ってエンジンが不調になってしまいます。
そこでこのようにテストしてみました。
オイル室には新しいオイルを充填します。
ヘッドから取り外したフリーな状態ではピストンバネによってピストンが最も飛び出た状態になりますので、オイル室の容積は最大になっています。
この状態でピストンを押さえます。
ピストンにカッターナイフのケースを渡し、3kgのダンベルを乗せます。
この状態で1時間放置しました。
ビフォー・アフターです。
ピストンとプランジャの全長は 21.5mm から 19mm に縮みました。
プランジャの端部からこれだけのオイルが漏れ出しています。
この程度であれば全く問題ありません。
他のプランジャについては、オイル室にオイルを充填し、指で押してみてビクともしないことを確認してOKとしました。
機能確認が済みましたら組み合わせたプランジャとピストンをラッシュ本体に取り付けます。
ネットでは指で押し込めという動画が幾つかありましたので、それに倣ってみました。
ピストンを奥にしてプランジャの尻を押し込みます。
しかし、プランジャ表面のCリングがなかなか縮まずえらく力が必要です。
そのうえプランジャとラッシュ本体の孔との隙間は僅かなので、プランジャが少しでも傾くと絶対に入ってくれません。
これを指で押し込むのはメチャクチャ難しい。
そこで、ウォーターポンププライヤーで挟むことにしました。
これも少しコツがありまして、プランジャの中心をそーっと力を入れて押すのですが、どうしてもプランジャが傾きます。
傾いた状態でプランジャがラッシュ本体の孔に少し噛みます。
次に、傾いたプランジャの反対側を挟み直します。
そーっと力を入れますと、カクッとプランジャの傾きが直って少し奥に嵌まります。
これで両者の姿勢が決まりますので、プライヤーの爪をプランジャの中心に当て直して少し強く挟みますと、スコッという感じでCリングが縮まり、プランジャが奥に進みます。
ここで、プライヤの爪がラッシュ本体のスカートに当たりますので、後は指でプランジャを押し込み、Cリングがラッシュ本体の孔の向こう側に出た感触を確認して取り付け終了です。
プランジャを指で押しますと、ピストンバネと空気の圧縮が効いていてしっとりした感覚で出入りします。
この取り付けではオイル室にオイルを充填していないので、このようになるのが正解です。
よく言われます、「絶対にエアーを混入させないように取り付けなさい」は気にしません。
結局のところ、何れの取付方法でも、最初にエンジンを回すときの作法に気を付ければ特に問題はないはずです。
その理由は以下の通りです。
先ずは、一般に言われるエアー抜きをした状態で取り付ける場合です。
A図は、ラッシュとカムを取り付けた直後の状態です。
エアー抜きをするにはピストンとプランジャをオイルの中に漬けながら嵌め込みますが、ピストンバネによってピストンの突出量は最大になっています。
この状態でエンジンヘッドに組み込みますと、A図のように、バルブステムの先端がプランジャに当たり、背の高くなったピストンがラッシュ本体の裏面に当たります。
この結果、バルブが開き過ぎることになります。
この状態でバルブ先端がエンジンピストンに当たることはないですが、バルブが開き過ぎることで吸排気のバランスが崩れます。
よって、エアー抜きした場合には、カムを取り付けた後しばらく時間をおきます。
数時間から、半日程おくと良いかもしれません。
この間にバルブスプリングの閉じようとする力によってラッシュのプランジャがピストンに向けて押され、B図のように余分なオイルが両者の隙間から排出され、バルブの開度が適正になります。
このあとエンジンを始動すると、最初からタペット音のないスムーズなスタートとなるわけです
一方、エアー抜きをしないで組み付けた場合です。
この場合は、エンジンスタート直後、5分から10分ぐらいタペット音が鳴りますが、その後静かになります。
エアーが入ったままのラッシュを組付けた状態がA図です。
バルブスプリングの力によってラッシュのプランジャがピストンの方に押され、オイル室の空気が圧縮されてピストンはプランジャの中に進入します。
ラッシュの高さが低くなり、バルブの開度が小さくなります。
この状態でエンジンを始動したのがB,C図です。
オイル室の空気は簡単に圧縮され、プランジャに対するピストンの進入量がラッシュの上下に伴って変化しますので、当然にタペット音が鳴ります。
B図は、カムによるラッシュの押さえが一番弱くなった状態です。
バルブはバルブスプリングによってシリンダヘッドのポートに当て付けられ、これ以上は上がりません。
カムによる押さえが弱くなったピストンはピストンバネの力によって上に押され、オイル室の圧縮されていた空気が正常圧に戻ります。
空気圧によるボールの弁座への押し付け力が弱まり、オイル室には空気が沢山あるため周囲を全てオイルで満たされている場合に比べてボールは格段に動き易く、ラッシュ全体の振動によってボール弁が不規則に開閉します。
チェックボールが開いたときに上方にあるオイルが流入し、代わりにオイル室の空気が上に抜けます。
これで、幾分かのオイルがオイル室に充填されました。
次にカムが降りてきたときには、C図に示すように、再びラッシュが押し込まれますが、オイル室の空気が減った分だけピストンの縮み量は減ります。
つまり、バルブの開き量が適正に近付いてきます。
更に、カムが回転して押え力が少なくなると、B図のようにさらにオイルが充填されます。
これを繰り返してD図のようになり、オイル室のエアー抜きが完了します。
エンジンスタートからD図の状態になるまで5~10分ぐらいでしょうか。
以上の通り、ラッシュアジャスターの組付け方法は何れでも大丈夫です。
因みに、これは今回のエンジン試運転時の動画です。
オーバーホールのブログはもう少し続きますが一足先に運転結果をお見せしますね。
少し音が歪んでいますがご容赦を。
このように約10分でエアー抜きが完了しました。
ラッシュアジャスターとオイル供給が健全であれば、短時間の運転でエアーが抜けますし、その後にエアーが混入することもありません。
しかしながら、少しの間でもタペット音が出るのは機械に良くないという方はエア抜きを行って下さいませ。
よく、朝の始動時にタペット音が鳴るとか、寒い朝に音が大きいとかいうのは、ラッシュがくたびれているか、オイルの規格が適正でないことが多いように思います。
ラッシュのピストンとプランジャとのシール機能が低下するとオイル室のオイル漏れ量が増えますし、プランジャとラッシュ本体の孔との滑りが悪くなってプランジャが固着したりしますとラッシュの高さ調整ができなくなります。
これにより音が大きくなります。
また、暫くエンジンをかけていない間にオイル室から抜けたオイルを早く充填したいのですが、仮にオイルの粘度が規定のものより高いと、オイル温度が低い状態ではオイルが直ぐに充填されません。よってエンジンが温まるまでのあいだ音が発生します。
これを解消するには、粘度の低いオイルを使えば良いことになりますが、逆にエンジン停止時に抜け易くなるかもしれず良し悪しです。
各車にはベストのエンジン性能が引き出せるようにオイル粘度の指定がありますので、エンジンを快調に保つためには、決められた規格のオイルをできるだけ新しい状態で使うというのが一番のようですね。
何れにせよ、タペット音が鳴りだしたら、エンジンが何かの不調を訴えているということに間違いはなさそうです。
つづく