ベンツW124 エンジンOH (9/10) バルブスプリングワッシャ
やっと作業も終わりかと思った時なのですが現実は甘くないですね。
洗浄液を捨てようと衣装ケースに手を掛けたときです。
洗浄液の底に丸い金属が見えます。
拾い上げますと直径3cmほどのワッシャです。
どうも見覚えがありません。
何だったかと思いつつ何気に衣装ケースの反対隅の底を探ると沢山の同じワッシャが。
えーっ?
まずい・・・、まずい・・・、これはなんだかとっても大変にまずい・・・・。
数秒後、事情を理解しました。
バルブスプリングのシートワッシャです。
しかも16個全部。
バルブを開き方向に押すバルブスプリングをエンジンヘッド側で受ける座金です。
洗浄液にヘッドを浸けるときには、ワッシャはオイルでヘッドに張り付いていたのでしょう。
それが一昼夜放置している間に全て外れ落ち、次の日には洗浄液は黒く濁っていたので底に落ちたワッシャには気が付かなったわけです。
この部品は重要な部品か?
ヘッドはアルミ製で軟らかいため、激しく伸縮するバルブスプリングの根元側を硬い座金で受けなければなりません。
やはりすごく重要でしょう。
こいつは、ヘッドにステムシールやバルブスプリングを取り付ける前に取り付けておくべきものです。
どうしよう。
このままでいこうか?
いや、ヘッドの座面が掘れてしまうし、ワッシャの厚み分だけバルブスプリングの収縮長さが違うことになるから、バルブの開閉速度が変わってしまうかもしれない。
それでは、再び全バラシか。
うーん、それもやりたくない。
特に、10本のセットボルトの脱着は何としてもやりたくない。
一応、ネットで対処方法を調べてみよう。
ということでネット情報を検索しました。
やはり方法はあるものですね。
ヘッドを分解せずにステムシールを交換するというのがありました。
なぜステムシールを交換するかといいますと、ステムシールが劣化するとステムシールとバルブステムつまりバルブの軸との隙間から燃焼室にオイルが落ち排気が白くなります。
いわゆるオイル下がりですが、これを解消するためにステムシールを交換するしかありません。
そして、この作業では、バルブスプリングを外している間、バルブを如何にしてヘッドに張り付かせておくかがポイントです。
もしも支えておかないと、バルブスプリングを外した途端にバルブが落ち、ピストンが下方に位置する場合などにはバルブが完全に燃焼室の中に落ちてしまうからです。
バルブを保持するには次の二つの方法があります。
1)プラグを外してプラグホールから燃焼室にエアーを入れ、燃焼室の圧力を高めてバルブをヘッドに押し付けておきながらバルブスプリングを外す。
2)プラグホールから燃焼室の中に1mぐらいの紐を入れてバルブの下面を押し上げておく
ウチには、エアーを供給するコンプレッサーなどはないので選択方法は 2)しかありません。
そこで、紐を入れる作戦で必要な道具立てを考えることにしました。
因みに、中の様子を図にするとこんな感じですね。
こういうのは特許明細書の説明図としてしょっちゅう書いています。
まず左図のように、作業するピストンを下死点まで下げておき、プラグホールから1m程の紐を入れます。
プラグホールは深いので途中で紐が撓まないように挿入用のパイプがあれば便利です。
紐が入りますと、クランクシャフトを手回ししてピストンを上げていきます。
燃焼室の中で紐が圧縮され、クランクシャフトを回すのに抵抗が出始めます。
適度の力でピストンが上がらなくなったところでクランクシャフトの回転を停止します。
クランクシャフトに噛ませたレンチから手を離してもピストンは動きません。
これで右図の状態になりました。
尚、使う紐についての注意ですが、できるだけ太く柔らかいものを最小限の長さで使うのが大切です。
もし、細い紐をこれでもかと沢山詰め込んでしまうと、ピストンを上げたときに紐が中で絡むかもしれません。
剛性のある紐を使うと、ピストンを上げるときに紐の一部が紐どうしの隙間に押し込まれ、絡まりを助長する可能性もあります。
紐が抜けなくなると、シリンダヘッドを外すか、燃焼室の中で紐を燃やして灰にするかしか方法はありませんからね。
それから、クランクシャフトを回す際には、チェーンがクランク軸の歯車から離脱しないようにチェーンを引っ張りながら行います。
ピストンの手回しが終わったらチェーンがずれないように、シリンダヘッドの適当な所に針金などで固定しておきます。
このようにバルブが落下しないように押さえておけば、このあとバルブスプリングを縮め、ワッシャ(上)が押されていくときにバルブステムが下がりません。
つまり、バルブスプリングの押え量を最小限に留めながらコッターを抜く作戦です。
バルブスプリングのバネ力は意外に強いため、数ミリでもバルブスプリングの押え量を減らすことができれば作業が随分楽になるのです。
ただし、どうやってバルブスプリングを押さえるかがまた一工夫要ります。
どうしたものか。
簡単に準備できて、安全に作業できるものにしたいです。
バルブスプリングが爆ぜるのは非常に怖いです。
そこで考えたのが、この押さえ治具です。
カムシャフトを押さえるカムシールを利用してスプリングを押さえます。
カムシールを傷付けたくないので保持部は木製です。
これらにコの字の金物を渡し、夫々 5mmΦのボルトで固定しました。
木の保持部がスプリングの荷重に耐えられずに割れると怖いので、安全をみて 50mmのボルトを捻じ込みました。
ただ、やってみたら 20mm程度でも大丈夫そうでした。
こう書くと簡単なのですが、どういう治具にするかを考え、必要な材料を調達し、所定寸法に組み上げたら一週間が過ぎていました。
それでは実作業です。
まず、作業を行うピストンを上死点にあわせ、中に紐を入れます。
こんな感じですね。
次に、治具のセットです。
このように治具をセットしまして、コの字の金物の下に置いたナットをレンチで固定しながらボルトの頭をラチェットレンチで締め込みます。
10mm程締め込むとバルブステムの頭が飛び出してきますのでコッターを外すことができます。
続けてボルトを緩め、バルブスプリングの押え金具を外し、上ワッシャとバルブスプリングを抜き取ります。
孔の底にステムシールが見えました。
やっと、目的の場所に来ましたよ。
しかし、まだまだ神様は許してくれません。
ステムシールの周りに下ワッシャを置こうとすると、ワッシャの孔径よりもステムシールの外径が大きい。
つまり、ステムシールを取外さなけばなりません。
最初にヘッドをばらした時にはステムシールは再利用しないので適当なペンチで外しましたが、案の定、シールの一部が破れたり外筒が変形したりしました。
しかし、今は新品のステムシールが付いていて必ず再利用しなければなりません。
例のペンチを使って変な力が掛からないように外そうとしましたが、刃先が滑ってどうしてもダメです。
仕方ありません、世間にはこのような作業を行うためにステムシールリムーバーという、刃先が半円筒形になったペンチがありますのでこれを買いに走りました。
今回の作業でこのように工具やらを買いに走るのは実に15回目です。
無駄な作業が多すぎですわ。
2時間後にステムシールリムーバーが手に入りまして、ようやく1カ所目の下ワッシャを入れることができました。
ステムシールを再度入れ直し、スプリングをセットし、上ワッシャをセットして、再度上ワッシャを押し込んでいきます。
バルブステムの端のコッター取付用の溝が見えたところでコッターを嵌めようとします。
しかし、コッターがチョロチョロと動き回って上手く溝に入りません。
コッターはピンセットで定位置に置くのですが、ゴソゴソしている間にピンセットが滑ってコッターが飛びました。
バルブスプリングの孔の底には、オイルを流通させるための横孔等も空いていて、飛んだコッターがこの横穴に入ってしまいました。
先端にマグネットが付いたピックアップツールでコッターにアクセスしようとしますが、孔の入り口に取り付けた保持具が邪魔でツールが良い角度に入りません。
仕方なく保持具の取外しです。
押さえこんでいたボルトを緩め、筒状の押え金具を外し、カムシールを緩めて保持具を抜きます。
非常に面倒臭いです。
取り敢えずコッターを救出しまして再度取付です。
今度はコッターが動き回るのを止めるためにグリスを使いました。
上ワッシャを押し下げ、バルブステムの端部のコッター用の溝が完全に露出するまでワッシャを押し下げます。
押し下げの力は要りますが思い切って下げます。
その状態で、コッターにベッタリとグリスを塗り、バルブステムの溝にムニュッと嵌め込みます。
そのコッターの端をピンセットの先で押し、バルブステムの向こう側にクルリと移動させます。
二個目を同じ要領で嵌め込み、スプリングを緩めます。
この方法にしましたら実に効率よくコッターを取り付けることができました。
一箇所当たりの作業時間は平均で10分。
これを16箇所やります。
薄暗くなってきましたが一気にやってしまいます。
パジェロの時に使った蛍光灯が活躍しました。
尚、ここで余談ですが、紐を使わなくても作業はできそうです。
作業時にピストンを上死点に上げておかないと、バルブスプリングを外した時に、バルブが燃焼室に完全に落下して大変なことになります。
しかし、ピストンが上死点にさえあれば、バルブが抜け落ちることはありません。
どうするかというと、バルブスプリングを押し込んだ時に、バルブステムも一緒に下がりますが、この辺りというところまでスプリングを押し込んだら、マグネットを使ってバルブステムの端部を引き上げます。
スプリングが真っ直ぐに押されていれば、バルブステムがヘッドのスライド孔に押し付けられることはないので素直に上がってきます。
また、摩擦が多くて上がりにくい時は、先の長いペンチでバルブステムの端部をつまみ上げれば大丈夫です。
まあ、この場合、ステムの端部を引き上げるという手間は生じますが、中で紐が絡まる恐れが無くなるという意味では良い方法かもです。
以上、いろいろありましたが、やっとのことでエンジンが復旧しました。
翌日、カムシャフトとチェーンを取り付け、チェーンテンショナーをセットし、カムカバーやらラジエータのファン、ラジエータホースなどを取り付けて水を入れました。
取り敢えずの試運転ですのでクーラントは入れずただの水道水です。
ドキドキしながらの試運転でしたが上手く回ってくれました。
6回目の動画のように、最初はラッシュアジャスターの音がしたものの10分アイドリングを続けると音がやみました。
また、写真にはないのですが、エキゾーストパイプが熱くなってくると、整備中にこの部分に垂れたオイルが焼け始め、盛大に白煙を上げ始めました。
えーっ、火事か、と思いましたが、煙は排気管の辺りだけですので問題ありませんでした。
ここまでで約6週間。
長かったですね。
いくつかやらかしましたが何とか試運転まで漕ぎつけました。
今回も、いろいろ覚えましたし工具もだいぶ増えました。
おそらく次に同じ作業をやるときにはもう少し要領よく行けると思います。
これでめでたしめでたしと行きたいところなのですが、実はこれでもまだ許してもらえなかったのです。
もう暫く悩みが続くことになります。
つづく