ベンツW124 エンジン息つきの原因探求(3/3)完全解決編

こんにちは

前回、デリバリーパイプのフィルターを交換して完調したように感じたのですが、実はその後も息付きが続いていました。
ですが、長らくグズっていたW124ですが、やっと完治しました。

コンピュータのトランジスタが原因でした。

一月ほど前ですが、N部様という方から突然メールを頂きました。
知人の方から「エンジン分解してかなり苦労しているようだけど、こんなことするのはN部さんの知り合いじゃないの?」との連絡をもらい、このブログを見られたそうです。

N部様は、ご自身で何台かのメルセデスを所有され、レース活動もされているとか。
国内の外車専門の部品輸入業者の出資者でもあるようで、現在は、東南アジア某国の空軍で飛行機のライセンスを取得するために訓練中だそうです。
しかし、コロナで1年以上日本に帰れていないらしく、何ともぶっ飛んだ方です。

その後、いろいろとメールで症状などをやり取りさせて頂きまして、どうやら進角制御が怪しいということになりました。
このM111エンジンはツインカムで、回転数に合わせて吸気側のカムの位相を変化させます。
アイドリングでは最遅角→中速回転で最進角→高速回転で再び最遅角という具合です。
これによりエンジン回転に合わせた最適な燃焼状態が得られます。

制御機構は、吸気側カムの先端に組み込まれています。
吸気側のカムスプロケットと、クランクシャフトのスプロケットと、排気側カムのスプロケットにはチェーンが巻かれていて、これらの位相は変化しません。

そのため、吸気側カムスプロケットと吸気カム軸との間に螺旋ギヤが数枚組みこまれていて、その中のピストンギヤを油圧で押し引きすることで、吸気側カムスプロケットに対してカム軸の回転位相が変化します。


ネットで入手した断面図は次の通りです。



これでは見辛いので色を付けてみました。



この図で、黄緑色がカムスプロケット、その前後の緑色および深緑色がカム軸です。
カムスプロケットとカム軸との間にピストンギヤ(ピンク色)があり、カムスプロケットとピストンギヤ、ピストンギヤとカム軸がそれぞれ螺旋状のギヤで噛んでいます。
このピストンギヤを前後に動かすことで、カムスプロケットに対してカム軸が回転します。

カム機構の中心にある油路切替軸(黄色)を押し引きすると、この軸に設けたオイル孔の位置が変わり、カム軸の油路との組み合わせが変化して、ピストンの役目をする円盤状のピストンギヤ(ピンク色)の前或いは後ろにオイルが流入します。
これを交互に切り替えることでピストンギヤが前後に動きます。
ピストンギヤの内側には螺旋ギヤがあり、これがカム軸(みどり色)に噛んでいますので、ピストンギヤの前後移動によりカム軸が進角・遅角回転する仕組みです。

この前後運動をさせるために働くのが最先端にあるリング状のマグネットです。
このマグネットに対する通電をON・OFFすることで、マグネットの中心に磁界が発生し、油路切替軸の先端の円筒状のブロックが押し引きされます。

N部様によりますと、このマグネットは単にON・OFFするだけのようです。
そうしますと、この機構は、例えば次の様に動くのでしょう。

始動時から低速回転にあっては、マグネットに12V (実際には14V弱)が流れます。
これは修理前も、今回の修理後も同じでした。

これにより、油圧回路は、ピストンギヤを後ろ、つまり、進角制御する側に移動させる状態になります。
ただし、始動時のエンジン回転数は低いため発生する油圧も低く、ピストンギヤを後ろに押す力は強くありません。よって、バネ(紺色)の力でピストンギヤは遅角側つまり前側に押されたままです。

カム軸(みどり色)内の油圧回路(水色)は、出口が入口よりも径方向の外側にあるので、カムの回転数が上がればオイルが遠心力で沢山出て来ます。
つまり、オイル流路の設定はこのままでも、回転数の高まりに応じてピストンギヤを押す油圧が高まり、ピストンギヤがバネ力に打ち勝って次第に進角側に移動します。これにより、吸気側カムが徐々に進角します。

尚、高速回転の場合には、シリンダに対する空気の供給状態が変化しますので、吸気側カムは最遅角位相に戻されます。
そのためには、マグネットへの通電がOFFとなり、中心の油路切替軸が内側に引かれて油路が切り換えられます。

さて、ここでやっと本題です。

このマグネットへの通電のON・OFF制御はコンピュータが行いますが、どうやら電源回路のトランジスタが怪しい感じです。

N部様によりますと、コンピュータの内部は5Vの電圧で制御されており、進角制御のマグネットには12Vに昇圧されて出力されるそうです。
この部分にトランジスタが絡んでいます。

エンジンルームからコンピュータを取出して中を確認します。
コンピュータは、MSE 016 545 02 32 です。

怪しいと思われるトランジスタがここに二つあります。

この部品は発熱しますので、放熱のためにバネクリップで本体の金属部分に押し付けられています。
他にも放熱処理されている部品がありますが、どれもマイコンチップの様で今回の交換対象からは外します。
これ等が壊れていると修復の技術レベルは格段に上がってしまいますので。

さて、はんだ付けを外してトランジスタを取り出してみました。

型番をネットで調べますと、
Silicon NPN Darlington Transistor S637T 400V/15A
というものです。
内部に二つのトランジスタが二段に組み込まれています。

国内では流通しておらずアイルランドのショップにありました。
入手に約3週間掛かりました。
一個1,000円ほどですが送料の方が高かったです。

脚の長いのが新品ですが、なぜか年代掛かって見えますね。

コンピュータに装着するには、トランジスタをプラスチックの専用枠に嵌め、それを定位置に置いて三本の脚をはんだ付けします。
この枠にはバネクリップが押し当てられ、トランジスタをコンピュータケースの壁に押し付けて放熱させます。
写真を撮り忘れましたが、トランジスタとケースの間には放熱シートを張っておきます。
このように、この枠にピッタリと収まるものでないと具合が悪く、同じ型番のものを輸入した次第です。

入手した新品と旧いものをテスターで測定してみました。

その結果、ベースB・エミッタE・コレクタCのうちコレクタCに絡む値が新品と異なっていました。
因みに測定のたびに少し値が異なりますので、写真と表の数字とは一致していません。
C+E-は、テスタのプラスをコレクタCに当て、マイナスをエミッタEに当てたということです。

二つとも同じように少ない値を示したのですが、トランジスタは二つとも同時に劣化するものなのですかね。
まあ、とにかく新旧に違いがありましたので、これがトラブルの原因なのだろうと逆に安心しました。

エンジンに組み込みまして、まず、イグニッションをONします。
マグネットのこのコネクタを外し、電圧を測定してみます。

13.8V 出ています。
ここまでは以前と同様です。

コンピュータにはこれまでの学習記録が残っていると思いますので、イグニッションを一旦OFFにし、コンピュータの再学習をします。
正式なやり方があるそうですが、余り細かなことは気にせずセルが回る前のIGスイッチONの状態で5分間放置します。
その後、一旦IGスイッチをOFFにし、次にセルを回してエンジンを始動しました。

この後も、本来はエアコンを最大にしたり、ヘッドライトを点けたりするようですが、普通に5分ほどアイドリングしました。

治っているでしょうか。

ゆっくりとアクセルを踏んでみました。
いつもの2500rpmで、回転数が、落ち・・・ません。
おおっ。

2~3回エンジンを吹かしてみましたが息つきは出ません。
どうやら治りましたよ。

そうしますと、マグネットへの出力がどのようになっているのかが気になってきました。
マグネットの端子にテスターを取り付け、回転数を上げながら出力を測ってみました。

動画の様にずっと14Vが出ており、3000rpmぐらいで少し値が下がるようですが、これが正しいのかどうか。
明瞭な変化が出る雰囲気ではないので、今回は、これ以上の探求は行っていません。

長く掛かりましたが思えばあっという間だったような気もします。
昨年末にエンジンのオーバーホールを終えてから約10か月のあいだ最高速度を90km/hに抑えて走ってきました。
いつかは解決するだろうと思っていましたが、N部様の突然のメールによって答えが出ました。

改めまして、N部様、この度は本当に有難うございました。
大変勉強させて頂きました。
ライセンスを取得されて帰国された際には、一度、グライダーにお誘いしたいと思います。

山崎

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