面白かった本
時計の本です。
ジャパン・メイド トゥールビヨン
― 超高級機械式腕時計に挑んだ日本のモノづくり ―
B&Tブックス 日刊工業新聞社
超高級機械式時計の機構にトゥールビヨンというのがあります。
以前、百貨店の特別展示で一度だけ見たことがありますが、ため息が出るほど美しい動きをします。
そしてもの凄く高価です。
なぜ高価かといいますとそれを作ることのできる職人が限られるからです。
腕時計の一部の空間に極小のパーツを極めて精度よく組み込まなければなりません。
そうでないと小さなゼンマイのトルクが最後の歯車まで伝わらず、時計が動かないのです。
歯車が動くことは最低限だとして、複雑な構造を調整して時計としての精度を出さなければなりません。
この機構は1800年頃に懐中時計の精度を出そうとしてスイスのアブラアン-ルイ・ブレゲという時計師が考案した機構です。
例えばこのように動きます。
https://www.youtube.com/watch?v=4Sd5er_kBvI
機械式時計には、細い巻きばねで周期的に逆方向に繰り返し回転するテンプという部品があります。
このテンプが振れるごとに歯車が一歯ずつ進み、ゼンマイの解けるスピードが調節されて、秒針が1分間に1周する仕組みです。
テンプはゼンマイが解ける僅かの力を利用して中立位置から左右に夫々180度ほど回転し、1秒間に4~10往復します。
少しでも回転抵抗を減らすためにテンプの軸は髪の毛ほどの太さしかありません。
このテンプの動作が時計の精度を決定します。
テンプやそれに噛み合うアンクルといった部品は複雑な形をしており、時計の使用中に生じる重力方向の変化が部品の動作に影響します。
例えば12時が上向きの姿勢のときテンプやアンクルが3時方向と9時方向とに交互に振れてバランスがとれているとしても、時計の姿勢が3時を上にした途端に、テンプやアンクルが左右何れかに回りたがるといった具合です。
これを解消するために考案されたのがトゥールビヨンで、テンプなど時計の心臓部をユニットごと回転させるものです。
ただし、現実には加工や組み立てが大変で部品間の摩擦や引掛りを抑えて精度を出すのが非常に難しいのです。
そこで、この本です。
この難しい機構をメイドインジャパンで作ったお話です。
登場する方々は根っからの時計職人ではありません。
工業デザインとか刃物製造、ベアリング製造など様々な技術分野の方々の集まりです。
トゥールビヨンと言えば一種芸術品的要素があって、ルビーの赤色や青く色付けされた針、銀色の地金や細かく施された彫刻など非常に美しいのですが、この時計はどちらかというと機能優先です。
設計段階から各部品の重量を計算し、通常は備わっているトゥールビヨン・キャリッジのトリムウェイトが省略されています。
また、重心が変化しないように、テンプの周期を微調整する可動式の巻きばね長さ調整機もありません。
軸受けに世界最小の日本製ベアリングを使い回転抵抗を下げていることも特徴の一つです。
通常はルビーでできた受石の孔に注油して軸受けしますが、孔の内面と軸との摩擦を嫌って外径1.5mmのベアリングユニットを使っています。
このベアリングをはめ込む孔の精度が重要だそうで、これが真円でないとベアリングのアウターケースが歪んで上手く回転しないそうです。
この本には、その他様々な技術者目線の工夫が沢山書かれています。
ひたすら高精度を目指し、従来の時計産業の習慣に捕らわれずに自由に発想する様が非常に面白いです。
日頃、製品開発をされている皆様には特にお勧めです。
山崎